Sunday, February 2, 2014

聖霊による喜び

「そしてあなたがたは、多くの患難の中で、聖霊による喜びをもって御言を受けいれ、わたしたちと主とにならう者となり、こうして、マケドニヤとアカヤとにいる信者全体の模範になった。 」Iテサロニケ1章6-7節
 使徒行伝17章に、パウロのテサロニケの伝道の様子を見ることができます。パウロ伝道の手段は足を使って移動し、唇からイエスはキリストであることを聖書の言葉(旧約の預言等からメシヤ⇒キリストを表す)を通して、神さまの預言の成就としての一人子イエスの到来、イエスこそがキリストであること、イエスの十字架刑は神さまが私たちの罪の贖いのためになされた事、その証拠の大きな一つが復活の事実であると宣教して回ったのでした。パウロ一行は、ピリピ伝道の後にローマ大街道沿いに150km西南西に旅をしてマケドニヤ州の首都テサロニケに着いたのですが、直ちにユダヤ会堂に入って、三週間に渡って、「聖書に基づいて論じ」(使徒17:2)たと記されています。これは議論したというニュアンスよりも、間違いを質したと理解できる言葉が使われています。ですから恐らく、旧約でメシヤと表現され預言されている言葉こそ、十字架に死なれ復活されたイエス・キリストという救い主であることを確認しているのであると思われます。そしてIテサロニケ一章を見れば、霊的な素晴らしい作業でありそれを喜んで実践したテサロニケの兄姉の信仰の働き、愛の労苦、主イエスキリストに対する望みの忍耐を感謝のうちに思い起こしているパウロが見えてくるのです。「御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。 ・・・キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人」です。