Saturday, February 8, 2014

神によって生まれた

「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。」  ヨハネによる福音書1章12-13節
 「あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの」(イザヤ43:4)
と言って私たちを愛してくださっている神さまは、神さまの前に犯した罪をとても悲しみ、何とかして、人を創造初めの状態に整えて下さろうとして、救いの計画を用意してくださったのです。創造の初めの神さまと人との状態は、神さまと人は向き合う状態で、神さまの形に似せて創造されたのです。人の創造を喜ばれた神さまは、神さまの被造物を一つを除いて全て人に管理を委ねられました。神さまに向き合い続ける限り問題はなかったと思われるのですが、人は神さまに与えられた自由の意思を、神さまの喜ばない方向へと用いてしまい、その信頼を裏切ってしまったのです。これが神さまの前の罪なのです。この罪を洗い流す方法は、罪を犯したことのない人が流す血潮(生命)だけなのです。イエスさまが十字架で身代わりに死んでくださったことによって、私たちは、神さまの前の不従順の罪を悔い改めることだけで赦され、神の子とされたのです。「すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。」(ローマ10:9)という一方的な、神さまの側からの憐れみに富んだ提案を受け入れるだけで、神さまの子としての特権をいただくことができたのです。神さに喜ばれない罪の性質を捨て去って、天国を目指す旅人がクリスチャンです。