Monday, March 2, 2009

わがより頼む神

わが力なる主よ、わたしはあなたを愛します。 主はわが岩、わが城、わたしを救う者、わが神、わが寄り頼む岩、わが盾、わが救の角、わが高きやぐらです。  詩篇18篇1~2節
 この詩篇の背景になっていると思われるIIサムエル22章では、統一王国の王となったダビデがこれまでの歩みを振る返って、いかに主なる神さまの守りがあったかを感謝しています。
ダビデは逃亡生活で、洞穴や、ユダの町の1つを、さらには敵国さえも逃げ場としていましたが、神の前で落ち着いて思い巡らしてみると、真に堅固な砦、確実な逃れ場は神ご自身であることに今更ながらに気づくのでした。どんなに困難な状態が続いても、返ってそこに生ける主の守りと配在を実感して、その暖かい導きに感謝し、たとえ厳しい叱責に涙しても、再び主を見上げて主だけが「私の固い岩」であられることを確認するのです。
 私たちは日々聖書を読み、祈る生活の中で、旧約聖書の出来事をダビデになりソロモンになりきって疑似体験するのです。旧約の登場人物が神さまの前に背く時に祝福から遠ざけられ、近づこうと精一杯体を伸ばして励むとき祝福と喜びの中に憩うことを知って、主の前にどのような姿勢や態度が望ましいのかを確認するのです。ここ迄は心と頭の作業が主ですが、実行に移すには、経験に裏打ちされた素直な心の信仰が求められます。間違っていたり足らなかったとしても恥じ入ることなく、自らの最善をもって真正面から主に向かっていく姿勢こそが、求められている主の僕の姿勢ではないでしょうか。主に近づく方法はだだ一つ。主のお声を聞き分け、すぐ聞いてすぐ従って行く行動力です。