Monday, March 2, 2009

神のために実を結ぶ

わたしの兄弟たちよ。このように、あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法に対して死んだのである。それは、あなたがたが他の人、すなわち、死人の中からよみがえられたかたのものとなり、こうして、わたしたちが神のために実を結ぶに至るためなのである。ロマ7章4節
「イエスは私のキリスト」と告白するクリスチャンは、キリストと共に罪(律法)に死に、キリスト共に葬られ、キリストと共に新しい命に復活したのです。(ロマ6:3-7)このことを人々に表明する方法の一つがバプテスマの儀式(パフォーマンス)であるということが出来ます。この信仰は一つです。一度罪を告白して赦しを求め、赦されて救いに入れられた確信に導かれ、「神の子」とされた人が、どうして何回も罪の告白、赦し、救いを経験しなければいけないのでしょう。ただ私たちの肉体は、疑い惑わしに弱く負けやすいので、何回でも悔い改めて、強く生きられるように整えられる必要があります。「律法に対して死んだ」ということは、律法を基準にせず、律法の縄目にとらわれない生き方が出来るということです。そうであれば、キリストの教えに従って、「実を結ぶ生活」を求めて生きて行くのです。み霊の果は「愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制」(ガラテヤ5:22)と教えられています。私一人の心の中だけでなく、親しい人達の間だけでなく、知らない人達の間であっても、果を実らせてまいりましょう。最初は苦くて渋い果しか出来ないかもしれません。お隣の畑の工夫を参考にして、自らも参考書(聖書)を繰り返し繰り返し読んで、果実を育てていきましょう。「わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。」(Iコリント3:6)