Thursday, March 19, 2009

神を見出せる

人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。                使徒行伝17章27~28節
 聖書は唯一の完全で最後的な神さまの啓示の書物です。そこには神さまの私たちに対するご意思が、すべて記録されています(IIテモテ3:16~17)。その中心は、人間の魂の罪からの救いです。ある人は、ローマ人への手紙から「ローマンロード」を見つけ出しました。また別の人は、神さまのご意思→人間の神さまに対する罪→罪を神さまに赦していただく方法→赦しの願い→赦しの実現→新生→聖化→昇天→栄化→天国での生活とクリスチャンライフを聖書の中に見つけました。これらの事実は、パウロがアレオパゴスの評議所で、神さまは人々に「熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった」と語った通りでした。
 日々御言葉に親しみ、「道の光」「最後のともし火」として人生の導きとして歩んでいくことができるなら、私たちは迷うことなく神さまが示していてくださる、「パラダイス」に到着し、2000年前と同じ姿でおられるイエスさまとお逢いし、そこでとこしえまで伴に歩ませていただけるのです。(ヨハネ14:3)
 「イエスをキリスト」と信じる第一歩は、①自分の心で「イエスは主である」と信じることであり、②「神さまがイエスを死人のなかからよみがえらせた」と口で告白すことです。第二には、聖書に示されている通りに、イエスさまにお従いし続けることです。
私達は神を見出し、神を語るのです。(Iテサロニケ2:4)