Saturday, April 25, 2009

弱いところに

ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。 IIコリント12章9節
 わたしたちは、、「弱い者」です。そして、「弱さを認める」事こそ、主の祝福を受ける第一歩であることを、いつも忘れてはいけないと思うのです。それはいつも私達の主が、私達と共におられることを、忘れないでいることでもあるのです。
Iコリント1:26~に、神さまが選ばれた(ヨハネ15:16)私達は、①愚かな者②弱い者③身分の低い者や軽んじられている者④無きに等しい者であることが解ります。こうした私たちを、神さまはあえて選んでくださったのです。なぜでしょうか。聖書は、「どんな人間でも、神の前に誇ることがないため」であると記します。
「あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。」(Iコリ1:30)
「弱い」ということは悪いことではなく、特に自らを「弱い」と認めることこそ、主の強さを身に帯びる者であると言い得るのです。
ですから、かえって自らの弱さを神さまの前面に押し出して変えていただく機会を作って頂きたいとお勧めしたいのです。これまでの人生で誰にも言えずに心の痛みとなっている自身にとっていやだなと思っている部分や、コンプレックスと感じているところに神さまに光を当てていただき、神さまが共にいてくださることによって、私にとっても喜ばしい新しい良いものに変えていただきましょう。