Tuesday, May 5, 2009

詩篇51篇

神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。 詩篇51篇1節
 この箇所は51篇の表題でもわかるように、IIサムエル11~12章がその歴史的背景になっている箇所です。ダビデは詩篇の中で、七篇(6、32、51、102、130、143)の「悔い改め」の詩篇を記していますが、その中で最も大きなそして重い内容が扱われているのがこの51篇と考えていいと思います。王として日々歩む中で、その力や権力に任せて犯してしまった罪でありましたが、何よりも自身を王にすえられた唯一の神さまの前に犯した大罪でした。
 若い預言者ナタンの罪の指摘に対して、ダビデは眼前にはっきりと主なる唯一の神さまの存在を意識して、罪の悔い改めができたのです。「心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。」(エレ 17:9 )
と罪の強さに対して弱さをさらけ出してしまう人の心の状態を表していますが、神さまの使者である預言者に対してダビデは、「不義」「罪」「咎」とはっきりと、神さまの前の「罪」であることを告白し、愛なる神さまの豊かないつくしみと哀れみにうったえ、「洗い去り」「清めて」と求めることができたのです。
 私たちの中に巣食う罪の性質を治めるために、私たちは日々、御言葉に接して、悔い改めのときを持つ者となってまいりましょう。
「あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます」(詩23)と告白し、イエスさまが私の主であることを心から喜び、讃美し続ける日々でありたいものです。(Iテサロニケ5:16~18)