Monday, June 1, 2009

キリスト者の祝福

神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。  
ローマ8章29節
 天地を創造し、人を創造し、人を生かし、罪の赦しのために十字架のあがないを備えてくださった主なる神さまは、私たちを生まれるずっと以前から、救いの計画の内に入れていてくださいました。ところが私たちは、神さまのすばらしい御愛の行為に気づかないばかりか、そのお心と正反対の身勝手な方向へ勝手に進んで行ってしまったのです。それでもイエスさまは、私たちを一人ひとり覚えて愛し通してくださり、スランプや病気や困難な事に遭遇させて、唯一の神さまの存在とお働き、中でも私たち一人ひとりを一人ひとりとして愛してくださっていることを教えてくださったのです。
 このすばらしい主のお取り扱いを感謝して、日々、忠実に歩み続けるものに、大きな祝福として、御霊の果を実らせてくださいます。
「御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。」(ガラテヤ5:22)これらの果は、私が創るのではなくて、私たちのうちに主が創ってくださるのです。ですからこれらの果実がなるように、私たちは備えて行かなくてはならないのです。その方法も、主が備えていてくださいます。「わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。」(ヨハネ15:4)繰り返し繰り返し主イエスさまが言われるのは、それが大切なことであるからです。「私に繋がっていなさい」