Wednesday, June 17, 2009

感謝のいけにえ

『感謝のいけにえをささげる者はわたしをあがめる。自分のおこないを慎む者にはわたしは神の救を示す』  詩篇50篇23節
 詩篇の愛読者も、多いことと思います。ダビデのものが73と圧倒的に多く「ダビデの詩篇」とも称されますが、アサフのものが12、コラの子11、ソロモンも2編が詩篇となっています。
 今朝は、アサフの最初の詩篇を、ともに見てまいりましょう。
モーセが伝え、イスラエルの民が守っていた、十戒に代表される神さまの戒めは、①神さまを愛しなさい。と、②人を愛しなさい。でしたが、アサフはダビデ時代の音楽家として、真の礼拝は「神さまを真に喜ぶ心からの感謝」であると訴えて、形式的な礼拝態度や偽善的は日常生活を叱責してこの讃美をお奉げしたのです。
前半の15節までは、イスラエルに向かって神に受け入れられるいけにえは、「わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない。燔祭よりもむしろ神を知ることを喜ぶ。」(ホセア6:6)と言われる神に、心から感謝しつつ神を知ること語り、後半はありのままの罪深い心をえぐり出して、体罰をも含む戒めを実行することを通して、「神と等しいものと思っていた」たかぶりや高慢こそ悪や罪の根であることを気づき、具体的な信仰生活を正していく事を勧めるのです。
 新約の時代に生きる私たちも、旧約時代の信仰と生活が一体になっちる姿に学び、具体的に聖書のお言葉を実践してまいりましょう。今私たちの前にある旧新66巻の聖書だけが、唯一、絶対で最後的な「神さまの啓示の書」なのですから。毎日少しずつ御言葉を読み、ここで神さまは何を私に示そうとしてされるのかを考えることが、今生きるクリスチャン達に示されている神さまの恵みです。