Wednesday, July 15, 2009

メメント モリ?

もし死人がよみがえらないのなら、「わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。     Iコリント15章32節
 〔見よ、あなたがたは喜び楽しみ、牛をほふり、羊を殺し、肉を食い、酒を飲んで言う、「われわれは食い、かつ飲もう、明日は死ぬのだから」。〕(イザヤ22:13) 〔「さあ、われわれは酒を手に入れ、濃い酒をあびるほど飲もう。あすも、きょうのようであるだろう、すばらしい日だ」と。〕(イザヤ56:12)イザヤの預言に見られる、悲観と楽観です。しかしともに主の教えにそぐわないのです。
聖書は『聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。』(ロマ1:4)と宣言し、神さまのお子であるキリスト・イエスさまは、死人の中から復活されて死に勝利されたのです。
古代哲学者は「メメント モリ」といって、「人は死に至る存在」「人は死を避け得ない」と、教えました。確かに人間の力では死を超えることは永遠の願いであっても、神さまの前に罪人である人間には超えることのできない限界でした。ですから、「食い飲み、 嫁ぎ娶りなど」したのです。しかし、イエスさまは私たちのために死に勝利してくださったのですから、「あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせることをせず、また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。」(ロマ6:12-14)と教えて下さいます。