Monday, July 27, 2009

生命のパン

「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。」  
ハネ6章35節       
 「命のパン」という言葉は、「生命の源泉」という言葉に置き換えても過言ではなく、主イエスさまは、「私(だけ)が命のパンである」と断言して下さっておられるのです。 
私たちは、天地創造の神さまに創造され、自然環境の中で生かされています。能力が高くてもそうでなくても、地位や名誉があってもなくても、豊かな生活ができていてもそうでなくても、それらが生活の基準ではなく、一人の人の存在を決める基準でもないのです。
第一に考えていなくてはならない事は、「命のパン」であるイエスさまによって、生かされているかということです。 このパンによってだけ、飢えることなく乾くことのない人生を、経験できるのです。「わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」(v51)と肉体を取ってこの世にこられたイエスを受け入れた者だけに天からの祝福である永遠の命を与えられたのです。このことを「主の祈り」の日毎の糧として求める姿勢に、またイエスさまの苦難のなかで「人はパンだけで生きるものではなく、イエスの口から出る一つ一つの言葉(=全ての言葉)で生きるものである」(マタイ4:4)と申命記8:3からの引用を語り、如何に尊い生き方であるかを教えておられるのです。
私たちはこれをただで受けたのです。ですからこれを次世代に向かって、ただで届けていこうではありませんか。さらにすばらしい信仰の経験を付け加えて