Wednesday, January 6, 2010

いのちの道

「あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。」。   詩篇16章11節 
 
  イエスをキリストと告白するクリスチャンにとって、「いのちの道」とは、「わたしは道であり、真理であり、生命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」(ヨハネ14:6)とおっしゃるイエスさまが示された「父の身元に行く道」こそ「まことの道」なのです。そしてそれを、「人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。」(使徒行伝17:27~28)と語ってくださったのです。「キリストは必ず苦難を受け、そして死人の中からよみがえるべきこと、また「わたしがあなたがたに伝えているこのイエスこそは、キリストである」とのことを、説明もし論証もした。」(使徒行伝17:3)と、テサロニケの人々に証をしたのでした。わたしたちが「判らない判らない」と自分の理解力だけを頼りに聖書を理解しようとしても、判断できないことでしょう。しかし、主が教えてくださる「いのちの道」を素直に納得することはできるのです。それはその人のもつ「信仰」によるのだと教えます。マタイ9:20に登場する女性は、「み衣にさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思っていた」ことを「娘よ、しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」。と言われました。信仰は、その人の唯一の神に対する心からの応答と言うことができるのではないでしょうか。