Monday, April 5, 2010

マグダラのマリヤの感謝

そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。                        ヨハネによる福音書20章14節
 イエスさまの十字架の死は、「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。」(Iコリント1:18)とあるように、クリスチャンにとって、大きな慰めであり、力なのです。私たちは、十字架の贖いによって、罪赦され清い神の子としての新しい誕生を経験し、どこまでもいつまでも、主と共に歩み続けられるのです。
 イエスさまが十字架にかけられた時に、ヨハネとイエスの母マリヤの他に、マグダラのマリヤ、ゼベダイの子らの母でイエスの母マリヤの姉妹とも記されるサロメ、ヤコブとヨハネ(=ヨセフ)の母マリヤ(=クロパの妻)、ヘロデの家令クーザの妻ヨハンナ等の女性達がみそばにいたと思われます。中でも、マグダラのマリヤは「七つの悪霊」を追い出していただき無限の感謝の思いを抱いていて、キリストに対して最も強く恩恵を感じていたのでしょう。言い換えれば、キリストに対する負い目と義務の感覚が人一倍鋭かったのでしょう。ですから彼女こそ、キリストのために何かすることのすばらしさを一番強く感じていたのでしょう。
 キリストに御栄光を帰するために、働き、献げ、語り、骨折ることを惜しまない者になるために、自身の罪と腐敗性を深く自覚し、キリストの血の執り成しを真心から感謝する者となりましょう。
マグダラのマリヤのもっていた燃えるような熱心を学び、実感できる者とならせていただきましょう。