Wednesday, April 14, 2010

いつも喜んで

何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。                               ピリピ4章6ー7節
 イエスさまはすばらしいお方だから、私のようなちっぽけな意気地なしのことなんかかまってくれないに決まっていると、いじけている人はいませんか。それ程でなくても、人には絶対見せられない弱いだめなところがあるので、恥ずかしくて神さまの前に胸を張って立てやしないと思われている方はいませんか。
 「わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。」(ピリピ3:1)
ピリピ書といえば喜びの書簡と言われるほどに、「喜び」とピリピ書は密接につながっています。パウロが伝えたいと願ったその根底にあることは「主は近い」(4:5)という事実です。別の翻訳では「主はすぐ近くにおられます。」あるいは「主は近いのです。」と記し、私たちの身近な所に、主がいて下さることを著わしています。「事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。」(使徒17:27-28)とも記しています。
 実際、わたし達を「神の子」として受け止めてくださている主イエスさまは、遠い存在ではなく、近くにおられ、見、聞き、感じて下さっておられるのです。色々な心配を主に明け渡して、明るく過す知恵を主からいただきましょう。主は常に、「プラス思考」で判断され、明るい方に向かって進んで行かれます。