Thursday, April 22, 2010

水を汲んだ僕

料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで言った      ヨハネによる福音2章9ー10節
 
 イエスさまがみんなの前に姿を見せられれて最初に示した「水をぶどう酒に替えた奇跡」として知られているところです。カナという所は、ナザレの村から3時間ほどの所で、ナタナエルの故郷であり、イエスの母マリヤの姉妹クレオパ=アルパヨの妻マリヤが住んでいた。ここで婚礼があり、イエスも弟子達(ヨハネとアンデレ、ペテロ、ピリポ、ナタナエル)も出席したというのです。そこに母マリヤもいて婚礼を手伝っていたと思われるのです。イエスが出席されたと言うことは、イエスさまにとって婚礼をいかに重要視していたか教えられるところであり、ヘブル書13:4やIテモテ4:3からも理解できるのです。
 結婚はキリストと教会の神秘的な結合であり、無分別に、軽々しく気ままに、遠慮なしに、意のままになされてはならず、尊んで、思慮深く、真実に、神を畏れつつなされるべき事であるのです。
また、キリストの御臨在と祝福の中で、楽しく喜ばしい時なのです。伝道の書10:19にある「食事は笑いのためになされ」とは、正に御臨在の中で楽しむべきことなのです。
そして、そこに仕える僕は、主のすばらしい業をじかに拝見する特権に預かる者となるのです。キリスト者が喜びにあふれ快活に振舞う時、主はその場にふさわしい恵の業を見せてくださるのです。キリスト者の陽気で純粋な喜に満たされる心の持ち主という賜物は、偏見を和らげ道からつまずきの石を取り除く福音への道備えとなる