Thursday, May 27, 2010

隠れた働き

「 あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。それは、あなたのする施しが隠れているためである」  
           マタイによる福音書6章3~4節
 世の中には、人々の目にさらされる派手な仕事もありますが、あまり人々の注目を浴びない地味な仕事も多くあります。
得てして派手なほうに注目が集まり賞賛も受けやすいものですが、影の地味な働きこそ求められ、必要で意味があることほど、それを地道に行う人が重用されるものなのです。
主イエスさまは、マタイ6章で、「自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい」(6:1)と注意をされるのです。それは、「隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さる」(6:18)ためにと言われるのです。主なるイエスさまはもともと派手な方ではなく、堅実着実なお方です。常に「御心は?」と問われるお方で、私たちが常々聖書には何と書かれているかと自問自答することに似ています。
施しは弱者に対する配慮であり、「重荷を負いあう」ことであります。ですから、あからさまにする事ではなく、「人知れずに」することなのです。同様に、断食も、願いを持って密かに行うもので、あからさまにする事ではないのです。求めない先から、私たちの必要の全てをご存知の主なる神さまが、豊かにに備えて下さるのですから。そして、「あなたがたが父に求めるものは何でも、私の名によって下さるであろう」(ヨハネ16:23)と約束されて、「イエスの名によって求める」ことを教えてくださいました。主に惜しみなく献げましょう。