Thursday, August 5, 2010

人の重さ

「 自分がきよめられた契約の血を汚れたものとし、さらに恵みの御霊を侮る者は、どんなにか重い刑罰に価することであろう。」                                  ヘブル10章29節
 7月16日の朝日新聞朝刊に、「子の脳死 現場に不安」の4段抜きの大きな記事が載りました。改正臓器移植法の施行を直前に、臓器移植の現場である医療関係者、名古屋の藤田保健衛生大病院での受け入れ態勢の確立を目指した臓器提供訓練をしたという記事に並んで、その場に立ち会ったある医者の「提供の申し出に答えられないということは避けたい。でも課題が多すぎる」というコメントも大きく取り扱われた。臓器移植を取り扱う全国336病院の中で子供の脳死に即対応の反応を示した病院がわずか15%という、「子の脳死移植」の見切り発車せざるを得ない状況のなかで、それでも誠実に必要に応えていこうとする医療担当者たちのもがいている姿であると思う。
 先日神学校の研修会で「脳死と臓器移植」についての話題が取り上げられ、有意義な討議がなされたが、再生される臓器の移植に対しての肯定的な意見が見られたが、再生できない臓器の移植についての移植に賛成できない意見が多かった。
聖書は「死の判定」として数日を経て息をしていないことを記録している。従って、臓器移植のために「脳死を死」と判定することに賛成できない。日本ではiPS細胞の発見等の最先端の医学水準を推し進める傾向が強いが、私たちは一クリスチャンとして、聖句に基づいて丁寧に応答するためにはもう少し、検討機関をもって慎重に御言葉に聞く時間が必要であると思う。