Wednesday, August 18, 2010

私を探られる主

「 主よ、あなたはわたしを探り、わたしを知りつくされました。あなたはわがすわるをも、立つをも知り、遠くからわが思いをわきまえられます。あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、わがもろもろの道をことごとく知っておられます。」  詩篇139篇1ー3節 
天地を創造し人を創造し一切の自由を人にお与え下さった主なる神は、罪に滅びる魂をそのままにせずに、どこまでもどこまでも人の幸せを求めて、私たちの心に語りかけて下さる。
「彼は、わたしたちの罪のための、あがないの供え物である。ただ、わたしたちの罪のためばかりではなく、全世界の罪のためである。」(Iヨハネ2:2)と語り救いが全ての人の為に備えられていることを示しているのですが、「悔い改めて、全能の神である主を、あなた自身の神として迎え入れなさい」(IIペテロ3:9)と勧め、全ての魂が「イエスは主である」(ピリピ2:11)と告白して喜ぶ者達となることを願っておられるのです。同時に主は、「聞く耳にあるものは聞きなさい」(マルコ4章)と語り、御言葉を聴いて悟る者を求めておられるのです。それは、聞くには聞くが受け入れない魂を振り分けるためなのです。イザヤ42:24で「われわれは主にむかって罪を犯し、その道に歩むことを好まず、またその教に従うことを好まなかった。」と語るのです。何度も何度も主に探っていただき、振るっていただきましょう。そして、「イエスをキリスト」と告白する者にふさわしい霊性を頂く者に整えていただきましょう。私達の「心は熱しているが、肉体は弱い」のですから、肉の思いではなく、霊の心(=信仰)を持つ者とさせて頂きましょう。