Thursday, August 5, 2010

信仰の賜物に応じて

「 わたしたちは与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っているので、もし、・・ 奉仕であれば奉仕をし、・・寄附する者は惜しみなく寄附し、・・慈善をする者は快く慈善をすべきである。」 
                     ロマ12章6ー8節 
 自家用車のトランクの所に聖書を差し上げますとペイントした車がありました。車の主は配管工で、救われた喜びを何とか表したいと考え、祈っているうちに、聖書の配布を思いついたそうです。聖書を読みたいと希望する人々に、いろいろな方法で集めた聖書を無料でプレゼントしてきたのです。もちろん、このために自分の財布から多くのお金も使ったのでした。しかも、何十年にも渡って。これはクリスチャンの証しの一例です。私たちにできる証しは何でしょうか。教会で、家で、また職場学校で、「私の救われた喜びを表したい」という気持ちをどのように表現していますか。「私にできる奉仕は?」「私がやったほうがよい奉仕は?」と考えるなら、気づく働きがまだあることを発見することでしょう。
「霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。・・・すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。」(Iコリント12:4-11)パウロは、ロマ書とコリント書でこのように勧めています。クリスチャンたちは神さまのみ栄をこの世において表す働きをゆだねられています。一人一人に神さまが与えて下さっている「賜物」を見つけ出し、大いに用いていきましょう
賜物を地中に埋めたままにすべきではありません。