Thursday, August 5, 2010

主とともに生きる

「 神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。」 Iテサロニケ5章9-10節 
 主とともに生きるために、どのようなことが必要なのでしょうか。大前提は、罪を悔い改めた魂を持って、イエス・キリストを自分自身の個人的な救い主と認めて受け入れ、この世の命を捨て去り、新しい霊的な生命に生きることです。
この霊的な生命を持って人生の再スタートをすることを面倒なこととは思わず、かえって真実な人生を送るエポックメーキングとして受け止め、決断をして新しい道に進み出すことこそ、主の望まれる決断の時となるのです。
信仰を持った人生に主が求められるのは、「 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」(5:16~18)と記して、聖書を読むことを通して主のお心を知ること、イエスの名によってどんなことでも祈るならば、御旨にかなったことが成就する経験を重ね、どんなときにも神さまの導きの通りになることを実感するのです。「人の心には多くの計画がある、しかしただ主のみ旨だけが堅く立つ。」(詩篇19:21)
この混乱した時代を「天国を目指した旅人」(Iペテロ2:11~15)として御言葉に従って耐え忍ぶ者に主は、「従順な僕」(マタイ25章)の称号を与えてくださり、御国に迎えて下さる。