Monday, November 15, 2010

御国をくださえる

「ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。」  ルカによる福音12章31~32節
  
 「自分の持ち物を売って、施しなさい。自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。」(33節)私たちの宝のある所に心があるのだから、と主はおっしゃいます。み国に入る準備とは何でしょうか。ちょうど年配になって、「死」の備えをするようなものなのでしょうか。実は「死の備え」は常に、いつでもなされてななくてはならないのです.
一般的に死の備えとは、肉体の処置がその中心ですが、聖書が尋ねる死の備えは、「私たちの魂」の処置なのです。魂がこの世の生活の後、天国での生活を望むか永遠の苦しみの中にいることを受け入れるかという選択でもあるのです。主は全ての
の人が悔い改めて(IIペテロ3:9参照)、天国に入ることを願っておられ、十字架の救いの業を完成してくださったのです。
「わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。」(マタイ7:21)とお示しくださって、「求めなさい」「捜しなさい」「門をたたきなさい」と励まして下さっています。イエスさまが天国とはこの様な所とマタイ13章で譬えで語って下さっています。み言葉を通してより具体的に天国をイメージし、主との語らいや讃美、また主にあって先に行った兄姉との交わりを楽しみに主の道を励みましょう。