Thursday, December 9, 2010

降りかかる試練

「あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜ぶがよい。」                         Iペテロ4節12~13節
 イエスさまの12弟子の中で一番を自認していたと思われるペテロは、最後の晩餐の場で、「シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22:31-32)と語られたことが現実となりり、裁判の庭でイエスさまを3度も知らないと否定してしまい、いたたまれなくなりその場から一人ガリラヤに戻り、昔の仕事である漁師になって失意の中を生活したと思われるのです。しかし復活されたイエスさまと再会して3度「私を愛するか」と問われたペテロは、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」(ヨハネ21:17)と悔い改めることができ、初代教会の建設という主の働きに戻ることができたのです。この経験が、Iペテロ4章の根底の経験ではないかと思われるのです。ペテロは、試練を主からの恵みとして喜んで受け入れることを勧めます。それは、「主のお苦しみ」を経験させていただき、潔い信仰に成長して主の課題である福音を負うことができるからと、実感しているからではないでしょうか。信仰が試され、忍耐が生み出されるのです。(ヤコブ1:2~3)