Wednesday, January 12, 2011

良心を吟味する

「彼はそのかすめた物、しえたげて取った物、預かった物、拾った落し物、または偽り誓ったすべての物を返さなければならない。すなわち残りなく償い、更にその五分の一をこれに加え、彼が愆祭をささげる日に、これをその元の持ち主に渡さなければならない。」
                     レビ記6章4~5節
 愆祭とか罪祭といった耳慣れない言葉がレビ記には出てきますが、これは神さまがイスラエルの民、中でも神に仕える部族として選ばれたレビ族の人々に当てて書かれた権利と義務を記した教え(=トーラー)です。そして愆祭については、レビ記5章14節から6章に渡って書かれており、「もし人が罪を犯し、主に対して不正をなしたとき、](6:2)と主の前の欺きなどの罪を償う儀式であるというのです。日ごろ私たちは、「良心の囁き」を聞いて自身の言行を正すことがあると思いますが、その良心も折々に聖書によって吟味さることが必要なのです。「神に対しまた人に対して、良心を責められることのないように、常に努めています。」(使徒行伝24:16)とパウロも告白しています。私たちは、この世の基準に合致するだけで満足してはならないのです。さらに高い真理を基準にして、生活するものでなくてはならないのです。私たちは、主をお喜ばせすることを希求するものでなくてはなりません。ユダヤ人は「神に選ばれた民」として、誇り高い意識を持ち続けていました。私たちも、み言葉の指導に従い、「霊的なイスラエル」としての誇りを頂いて、前進してまいりましょう。「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である」(箴言16:9)