Monday, March 21, 2011

主の愛の実践

「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」     Iヨハネ4章10節
 「ここに愛がある」と主ははっきり語ってくださいます。また、「あなたがたは皆、心をひとつにし、同情し合い、兄弟愛をもち、あわれみ深くあり、謙虚でありなさい。」(Iペテロ3:8)と私たちに語ります。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」(ヨハネ15:16)
と語る主は、人々の愛の中にお住まいになられる方ではないのです。私たちが神さまの愛の中に住まうことによって平安をいただけるのです。ですから、「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者は、偽り者である。現に見ている兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできない。」(Iヨハネ4:10)のであり、「わたしたちは、神がわたしたちに対して持っておられる愛を知り、かつ信じている。神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。」(4:16)と言い得るのです。人間関係の中に見られる愛は、場合によって人を偽り、裏切りにも発展します。それは、自身の利得を第一に求めるからです。神さまのご愛は、自身の命を十字架につけて血を流し、罪の贖いをして下さったほどに愛してくださる愛ですから、人をも裏切らない愛なのです。「あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。」と問いかける主は「敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」(マタイ5:44)と主にある正義を貫くことを示してくださいます。