Tuesday, April 12, 2011

主に帰れ

「あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる」                  イザヤ55章6-7節
 神の民イスラエルは、「悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。・・・われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。」(v7)と招かれているのです。このように、唯一絶対の神さまは、いつも尋ね、求めてくださるのです。神さまの道からそれた兄姉はいませんか。自身を正しい者ということは出来ないと罪に打ちのめされる思いの方はいませんか。神さまの前に自分自身をさらけ出して吟味するとき、自分自身が足らない者、惨めな者、悪い者、罪人であると素直にお詫びすることが出来ますか。主は釘で傷ついたその両手を広げて、豊かな赦しをもって迎えてくださいます。ルカ15章に登場する弟息子のように、本心に立ち返った者の穢れを拭い去って潔め、改めてご自身の子として受け入れて下さるのです。ピレモン書に出てくるオネシモをパウロは「囚われの身で生んだ私の子供」「私の生命」と表現していますが、決して大袈裟なことではないのです。神さまが人に出会うとき、必ず奇跡を起こしてくださり、その人を変え、有意義な者に変えて下さるのです。「主にお会いすることの出来るうち」とは、神さまの側からも、人の側からも語られているのです。神さまの時を逃さないで、主を訪ねる者になられますように。