Tuesday, May 3, 2011

好意をもたれる生き方

「そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。」。 使徒行伝2章46~47節
 イエスの十字架の死、埋葬、復活と不思議な出来事が続き、改めて人々がイエスの弟子たちの行動に注目し出した頃、五旬節のときに、聖霊の降臨を弟子たちは実感した。(2:1)弟子達は内側から力を感じ、その場に居合わせた外国人の自国の言葉で、イエスこそキリストであることの証しをして「イエスは、神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の力あるわざと奇跡としるしとにより、神からつかわされた者であること」(v.22)を語ることが出来たのです。まさに、「聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となる」(1:8)というみ言葉のお約束が現実となったのです。奇跡は、必要に導かれて、主のために起こされるのです。身近な実例でいえば、「私達が、罪の中から救い出されたこと」は大きな奇跡なのです。孤独、悲しみ、苦しみ、不安といった心の重荷を主にお委ねして、「 神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。」(詩篇46:1-3)の確信を頂いて前進してまいりましょう。主を見上げつつ。