Sunday, September 11, 2011

信仰の従順

「わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、
あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである」     ローマ1章5-6節
 私たちの主である神さまは、いつも私たちが従順に信じ続けることを求めておられます。不従順な者には祝福はなく、平安も与えて下さらない事が記されています。旧約聖書は主を畏れ主に従った人々の祝福の記録であると同時に、不従順な者の苦しみの記録であるとも言えるものです。ですから旧約聖書は、不従順から従順へと方向を整える指針と言う事ができるのです。民数記に『エジプトから出てきた人々で二十歳以上の者はひとりもわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った地を見ることはできない。彼らはわたしに従わなかったからである。 ただケニズびとエフンネの子カレブとヌンの子ヨシュアとはそうではない。このふたりは全く主に従ったからである』。主はこのようにイスラエルにむかって怒りを発し、彼らを四十年のあいだ荒野にさまよわされたので、主の前に悪を行ったその世代の人々は、ついにみな滅びた。」(32:11)とあり、従順の報いがカナン入場であることが明確に示されているのです。かつては、「肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行」(エペソ2:3)なっていた者でしたが、「今後、だれをも肉によって知ることはすまい」(IIコリント5:16)と決心して、神さまからの祝福をいただいて、救われた者、新しい生命に生きる者とされたのです。