Sunday, September 11, 2011

伝道者の死

「主の聖徒の死はそのみ前において尊い。」  詩篇116篇15節
 敬愛するフィンチ宣教師が9月5日午後4時ころ、心臓麻痺で84歳のこの地上での生涯を終え、天の御国に旅立ちました。「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。」(ヨハネ11:25-26)と言われたお言葉のとおり、この後、御国で永遠の生活をするのです。連絡を受けた夜にアメリカ在住のケイ先生(フィンチ宣教師夫人)に電話をしました。気丈に「苦しみがそんなに長くなかったので・・・」とご主人の体を気遣う言葉でした。宣教師夫妻は2ヶ月近い船旅で横浜に着き、程なく幕張教会に出席しつつ言葉を学びながら佐倉で開拓伝道を開始されました。その後、伝道を中断していた大田教会を再開し、付属幼稚園を経営しながら訪問伝道を中心に開拓を再開いたしました。大田に能牧師家族を迎えてから、邑楽郡大泉そして前橋で開拓伝道に着かれたのです。人間の「計略と力」ではなく、「われわれはわれわれの神、主を頼む」(イザヤ36章5,7節)み言葉中心の生活こそキリスト者、そして伝道者にふさわしいあり方であると思います。特に問題を感じるとフィンチ先生は頑固に「み言葉にはなんと書かれてあるか」と、静まってみ言葉の答えを探すのが常でした。私は40年もの長期間にわたって、良い協力関係の中で共に伝道してこられたことを感謝しています。現在は孫もいる長男と2歳違いの長女も忠実に伝道的な仕事についておられます。体の弱いケイ先生を祈りの覚えてください。