Monday, October 3, 2011

良いほうを選んだ

主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。」ルカ10章
 人生は選択の連続だ。51対49で生きていこうとの見出しを見て、思わず口をついて「それでも自分の人生なのですか」と唸っている自分を発見しました。そして、私はなんと幸いな人生を送ることが出来ているのか主に感謝しました。一人の人に出会って、福音が私を救うと聞いた時は、それ何のことと思いましたが、聖書の真理に触れて、「神さまの前に私の罪を告白し、悔い改め、イエスを個人的な救い主として受け入れるなら、救われる」ことが私の人生に起こったと理解できました。
「その時」が、私の人生の若い時であったこと、イエスさまの教えによって家庭や家族を整えることが許された事は感謝な事なのだと理解出来たのです。マリヤが主に良いほうを選んだと判断された事実は、2000年前から変わっていません。それは、49:51で思い煩うのではなく、「一つだけのなくてはならぬもの」を選んだからなのです。言い換えると、世の中の基準は相対的なものですが、神さまの基準は絶対的なのです。その良い方を選べるように導かれ、それを善しとした人生を送れるように、主は私たちを愛し導いて、それに気づくようにさせていてくださいます。「あなたがわたしの心にお与えになった喜びは、穀物と、ぶどう酒の豊かな時の喜びにまさるものでした。わたしは安らかに伏し、また眠ります。主よ、わたしを安らかにおらせてくださるのは、ただあなただけです。」詩篇4:7、8