Monday, October 24, 2011

信仰のバージョンダウン

聖書の知識が増えることが成長でしょうか。教会で色々なことが出来ることが成長でしょうか。イエスさまは、へりくだりなさいとか謙遜な者になりなさいと言っています。また、主の僕になりたいのであれば、兄弟の足を洗ってあげなさいとか、兄弟に仕える者になりなさいと教えています。キリスト者が第一に確認する事は、「イエスさまの十字架の犠牲=愛によって、わたしたちは罪赦された者とされた」という事実を神さまからの恵みとしてそのままお受けすることです。「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」(ローマ10:9)から。「神はわが救である。わたしは信頼して恐れることはない。」(イザヤ12:2) 「見よ。わたしはシオンに一つの石を礎として据える。これは、試みを経た石、堅く据えられた礎の、尊いかしら石。これを信じる者は、あわてることがない。](イザヤ28:16)「主を頼みとする人はさいわいである。」(エレミヤ17:7)と約束くださり守ってくださいます。ローマ10:9のお言葉は私達が救われることの聖書的な意味を示しています。それは、1、自身が罪びとであることを神さまの前に認めること。このときの罪は二つのです。神さまを知らないと神さまをいらないと思っていること。2、その罪を悔い改める(IIペテロ3:9)そして3、イエスを私自身の個人的な救い主として受け入れることなのです。バージョンアップして近代的になるのではなくして、イエスさまにそっくりに似る者になるために、イエスさまを学びイエスさまに従い、イエスさまに似る者となるために、何度も何度も聖書を読んで、イエスさまの生活スタイルを学んでまいりましょう。その生活スタイルをこれ迄の私たち自身の生活と取り替えていくのです。家族がみなせそれを実行するときにきっと主にある幸せに近づいている実感を持てること思いいます。それが信仰のバージョンダウンなのです。