Wednesday, November 30, 2011

なすべき事

「あなたがたは、自分で注意していなさい。もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、彼をいさめなさい。そして悔い改めたら、ゆるしてやりなさい。」      ルカ17章3節
 
 「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。」(マタイ18:21-22) ペテロの質問は自分に対して兄弟が犯した罪の問題で、3回までは隣人に罪の赦しを請うことが出来るというラビの教えから7度で十分と考えたと思われますが、イエスさまのお応えは「7度を70倍するまで」でした。イスラエル文化の中で完全数が7ですから、その70倍は実質的に限りなくの意味になって、「どこまでも許してやりなさい」ということになります。その前提として考えられる事は、主がキリスト者に対して語られたということと、「謙遜」
についての思いがあられたのではないかということです。謙遜の対意である傲慢にならないための教えであるとすれば、①主にあって生かされている私②主に購われた者であることの感謝③主の配剤の中にある恵みを覚えて、僕のごとくに仕える生き方が、主にある兄弟に対してもまたどんな人に対しても採られなくてはならないのです。「たといわたしが悩みのなかを歩いても、あなたはわたしを生かし、み手を伸ばしてわが敵の怒りを防ぎ、あなたの右の手はわたしを救われます。」(詩138:7)どんな時にも何処にいても、主は私を見ておられ支え導いてくださいます。主の御名を褒め称え、心から従い続けましょう。