Monday, January 23, 2012

心を照り出してくださる主

「「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。」  IIコリント4章6節
 
 パウロの主にある生涯は、「あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」(使徒行伝9:15,16)でイエスさまが預言されたように、幾度となく生命を狙われるほどの厳しいものでした。ダマスコ(9:24)エルサレム(9:29)、アンテオケ(13:50)、イコニオム(14:5)ルステラ(14:19)、ピリピ(16:23)、テサロニケ(17:5)、ベレヤ(17:13)、コリント(18:12)、エペソ(19:29)、と次々に生命を狙われたのでした。しかし、困難があればあるほどに、「イエスの死をこの身に帯びている」(IIコリント4:11)と語り主にあって生かされている保障は「神はその保証として御霊をわたしたちに賜わったのである。」(5:5)と断言するのです。そこでパウロはキリストに生かされているクリスチャン達を「神の国から派遣された大使」(エペソ6:20)とされ、まだキリストを知らない人たちにキリストと神の国を述べ伝える働きを委ねておられるのです。I列王記19:18の預言をロマ書11:4で確認している事は、主は私たちの住む町に「バールに膝を屈めない者を七千人残す」と記しています。これは、私たちが私たち自身を照らし出していただいて、キリストの光輝と喜びを表す器となるべきなのです。そのために、主との霊的な絆が必要です