Tuesday, March 27, 2012

新しき人を着る

「すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、 心の深みまで新たにされて、 真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」
         エペソ4章22~24節
 「信仰を持つ」とか「クリスチャンになった」という表現を皆さんはどういう意味で用いておられるでしょうか。「私は聖書を持っている」「私は教会へ行ったことがある」と同じ意味で使ってはいませんか。興味や関心を持つということは大切ですが、信仰を持つというのは「信じる」という信仰を働かせることなのです。福音書にイエスさまとの出会いを見ると、長血を患い12年も苦しんだ女性がのイエスさまから力をいただき癒された記事(ルカ8:43~48)を見ることができます。この女性がイエスさまに触った理由をマタイは、「み衣にさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思っていたからである。」(9:21)と記し、イエスさまの「娘よ、しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」(9:22)と記すことで、私達に、この娘が治りたいと思ってイエスさまに触ったことが信仰の行為であったと示して下さっているのです。「信仰によって、十字架にかかられたイエスさまを私のキリスト=救いと受け入れること」が、「クリスチャンになった」ということなのです。エペソ4章は、クリスチャンになったのであるから、今までの自分中心に勝手に右往左往するような生き方は止めて、心の隅々までイエスさまに新しくされた、神さまが本来意図された「神さまに似る者」として、これからの人生を歩むべきであると勧めているのです。