Sunday, April 15, 2012

主にある新しい生活

「わたしたちのいのちなるキリストが現れる時には、あなたがたも、
キリストと共に栄光のうちに現れるであろう。」コロサイ3章4節
 「イエスを私のキリスト=救い主」と受け入れ、告白した人が、キリストと共に死に、キリストと共によみがえらされた事を意味するバプテスマ式(パフォーマンスまたはセレモニー)によって自身に起きた霊的な変化を表明することで地方教会の教会員となります。(参照コロサイ2:12-13)キリストと共によみがえって新しい生命を受けたキリスト者は、それにふさわしい生き方をすることが期待され、求められているのです。(ロマ6:8‐10)心の在り方が問われます。3:1の上にある者を求める生き方とは、上におられるキリストを意識して生きるということです。意識的にイエス・キリストのことを心に思い浮べて生きることが、キリスト者の生き方の第1歩なのです。3:5,8に列挙されてるような人間の罪と堕落、その本性から生じる悪徳は神に忌み嫌われることであリ、救いにあずかる者にふさわしくないものです。天上のことを思い、これらの悪から離れるのが最善の方策です。心において変化が生じなければ、その生活に改善は見込めません。また、天上のことを思うことは、キリスト者にとっては必然です。なぜなら、キリスト者は復活の主と一つにされているからです。その復活の主の力が当然キリスト者の中に生き生きと働き、今は隠されていますが、キリストの再臨の時(3:4,参照Ⅰコリ13:12,Ⅰヨハ3:8)
に復活の力が完全に表わされるのです。ですから、キリスト者はその時まで、キリストに支えられていることを表すのです。