Monday, April 30, 2012

神さまの憐み

カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。 あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。」創世記4章13節
 長男カインの弟アベル殺しが起こったのです。神さまはこれを一部始終見ておられました。事の起こりは、地を耕す仕事をしていたカインが神さまに地の産物を供えた事からなのです。弟アベルは羊を飼う仕事をしていましたので、羊の群れの中から初子で肥えた物を持ってきたのです。「主はアベルとその供え物とを顧みられた。 しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。」(4:5)ので、神さまは「なぜあなたは憤るのですか」と尋ね、待ち伏せする罪を治めよとただしたのです。
 神中心の生活を求める者は、「どこにいるのか」「どこに立っているのか」「どこに属しているのか」「何をしようとしているのか」との神さまの問いに、いつでも明確に応答する責任があるのです。「はい。キリストイエスに属する私は、神さまの前に立って、聖名を讃美しています」と常に出処進退を明らかにして生活するべきなのです。
 神の前に立てなくなったカインを、しかし、憐み深いお方であられる神さまは、場所を移して命を守り、家族と街を立てあげることを許されました。「ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」(IIペテロ3:9)神さまの大きな愛情と豊かな憐みの眼差しを感謝せずにはおれません。