Friday, June 1, 2012

神の栄光と誉れを表す

「それによって、あなたがたが、何が重要であるかを判別することができ、キリストの日に備えて、純真で責められるところのないものとなり、イエス・キリストによる義の実に満たされて、神の栄光とほまれとをあらわすに至るように」  ピリピ1 章10-11節
 人生を築くものは、夢ではなく、選択だといった人がいます。その通り今の私達は、これまでの人生に数々の選択をしてここにいるのです。「キリストの日に備えて、重要で純真で責められるところのないもの」を選び取ることを薦めているのです。(1:10)新しい目的、新しい意味をその人生に考えて生きるようになるために、何歳になったとしても、神さまのお声に傾聴することに遅いということはないのです。それほどにこの選択はその人の人生にとってとても貴重な時なのです。「あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ」(伝道の書12:1)
実際、ひとつの状況に対して、愚かな選択から並みの選択、良い選択、すばらしい選択といろいろなレベルの選択が考えられることでしょう。その選択の違いはどこにあるのでしょうか。何を基準に、何のために、なぜその選択をするかを考えるべきではないでしょうか。自分の満足か、神さまが喜んで下さるか、これは私たちへの神さまからのチャレンジということができるのではないでしょうか。ガラテヤ5:22には、「み霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない」(5:22)さらに、「私たちがみ霊によって生きるのなら、み霊によって進もうではないか。」(5:25)と勧めていて下さるのですから。