Monday, July 30, 2012

異邦人へのバプテスマ

「これに対して、ピリポは、「あなたがまごころから信じるなら、受けてさしつかえはありません」と言った。すると、彼は「わたしは、イエス・キリストを神の子と信じます」と答えた。」 使徒行伝8章37節
 使徒行伝8章は、ステパノの殉教とそれに続くエルサレム教会に対する大迫害の記事で始まります。使徒達だけがエルサレムに残り、それ以外のクリスチャン達は、ユダヤやサマリヤへと難を逃れて逃げました。その大混乱の中、ピリポは、キリストを述べ伝えるため、サマリヤへ出て行ったのです。汚れた霊を追い出し、中風の者を癒し、足のきかない者達を癒しつつ、
述べ伝えたので、町の人々は大変喜んだと記されています。(8:8)さらにピリポは、エルサレムからガザに下る道へ出るように主の使いに導かれ、エチオピアのカンダケ女王の高官である宦官との対話をするように求められたのです。御霊に「進み寄ってあの馬車に並んでいきなさい」と言われたピリポは、エチオピアの宦官に語りかけ、御言葉の手引きをするのです。そして水場に来た時に、宦官が「私がバプテスマを受けるのに、何のさしつけがあるか」と尋ねると、ピリポは「真心から(イエスはキリストであると)信じるなら差し支えありません」と応答し、水場に下りて行き、エチオピア人にバプテスマを授けたのです。この事実は「誰でもキリストにあるならばその人は新しくなったのである」(IIコリント5;17)ことを証拠立てる出来事であり、ユダヤ人だけが霊的な神の子なのではなく、「イエスをキリストと告白する人」は、誰でも皆神の子なのです。(コロサイ3:11)私たちの教会のバプテスマも同様です。