Monday, July 9, 2012

キリストのからだ

「あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。」  Iコリント12章27節
 「むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、」(Iコリント12:22)教会という有機体(=各部分が結びついて統一のある全体を形成しているもの=生活機能を持つ組織体)について考えたいと思っています。
教会は、それそれ個々人が礼拝するだけでいいと考えている人の集まりを総称してはいません。御言葉を聞き、学ぶという要素と兄弟姉妹の交わりを含めた、総合的な有機体でなくてはならないのです。ですから、主の宣教の大命令(マタイ28:19-20)の実践、教会を立てあげること(16:18、ヨハネ15:16)
キリストイエスの弟子として兄弟姉妹に仕える(ヨハネ12:26、ローマ14:18、エペソ6:7)兄姉の弱さを追い合う等々が思い起こされます。しかもそれが、私たち自身の喜びにつながることを確信して進む者たちの集まりが、教会ということができるでしょう。確かに主に良いものをささげる姿勢は大切ですが、
良いものだけであとはいらないと考えるのではありません。22節には、「他よりも弱く見える肢体」こそかえって必要であると記しています。主は常に足らない者弱い者また傷付いた者に目を向けていて下さり、その弱いところ足らないところを満たし強く役立てて下さろうとしていてくださいます。今朝もう一度自分自身を顧みて、弱いところ足らないところに主が豊かに働いて下さるように、祈ってまいりましょう。そして整えられた私を主が豊かに用いて下さるように、主に捧げましょう。