Sunday, August 12, 2012

神を信頼する祝福

「あなたは全き平安をもってこころざしの堅固なものを守られる。彼はあなたに信頼しているからである。 とこしえに主に信頼せよ、主なる神はとこしえの岩だからである。」 イザヤ26章3~4節
 「なんぢは平康(やすき)にやすきをもて 心志(こころざし)かたき者をまもりたまふ、彼はなんぢに依頼めばなり」(1917年版改訳)「頑固な思いを、あなたは平和に守られる。あなたに信頼するゆえに、平和に。」(1987年版新共同訳)これらの翻訳は共にイザヤ書26章3節です。今私たちの教会が用いている1954年版口語訳と比べてみて、違いと意義を感じて下さい。
イザヤは第3の教として、イスラエルの民に敵対するモアブを象徴とする敵に対して、神さまは真の審判者として、最終的な裁きをなして下さること、真に信頼すべきは主なる神であり、「イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものが膝を屈め、 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰する為である」(ピリピ2:10-11)に通じる思想なのです。
「堅固な町」はエルサレムを示唆しており、主なる神が確かに守られる所であることを示して、主への信頼こそが肝要であることを預言しているのです。主なる神を畏れて誠実に守る正しい民、神に信頼する堅固な者は,エルサレムに入る者として迎えられ,共に神の恵みと平安にあずかることが出来るのです。「信頼」は、「聖書に示されている唯一の神さまが私の救い主である」ことを具体的な生活にそのまま生かし顕わし続けることによって、その人の宝物となっていくのです。