Tuesday, September 4, 2012

主を畏れる

「 謙遜と主を恐れることとの報いは、富と誉と命とである。よこしまな者の道にはいばらとわながあり、たましいを守る者は遠くこれを離れる。子をその行くべき道に従って教えよ、そうすれば年老いても、それを離れることがない。」箴言22章4-6節
 
 富と誉れと命、これは誰もが欲する宝ということができると思います。が、大切なことは、誰からどう受けるのですか?という問にどのようにお答えになりますかということです。人と人との間で策略を労してでも自分の得のために得ようとする宝も多々あるかもしれませんが、それでもし幸いを得たとしても、その人の人生は、虚しい恥ずかしいものとなることでしょう。その宝を誇ることができないからです。しかし、箴言の言う富と誉れと命はそうした類のものではないのです。私たちが主から期待できる宝は、「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。」(マタイ7:7)という類の宝なのです。富とは金銭的なものの前に、神さまから頂いている心と体なのです。誉れとは、「わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。」(イザヤ46:4)と言ってくださる神さまに知られていて、神の子とされている誉れなのです。命とは、唯一の神さまに頂き、死ぬ迄ではなく、永遠までも神と共に歩む生命に変えられた、すばらしい人生を生きる者の命です。