Tuesday, September 11, 2012

私たちの確信

「 わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。」ローマ8章38-39節
 
 「だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。」(35節)と記し、パウロは、キリストのご愛から離れることになる状態を私たちに想起させています。患難、苦悩、迫害、飢餓、無防備、危難、戦争と、どれ一つとっても容易に乗り越えられる状態のものはありません。まして、パウロが伝道旅行した時代背景を考えるなら、交通事情、国同士の連携、天候にに対する備え、等々判らない事ばかりで、現状下では想像すらできない様々な困難が山積していたのではないかと思われます。そんな中でパウロはしかし、キリストの福音を一人でも多くの罪人達に、少しでも遠い国に住むであろう人々に伝えたいと願ったのです。宣教師のスピリットは間違いなく、真の神さまからしか、発信されないのです。そして感謝なことにこのスピリットを現代に生きる私たちクリスチャンは、時代を超えて地域を超えて、頂いているのです。「私は主の愛によって生まれ変わりました」とい体験は「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」
(IIコリント5:17)という御言葉が一人一人に与えられ、その人の内でかたち造られた実体験なのです。さまざまの喜びの形を、一人一人が表わし続けることで、地上に神の国の似姿を表わしていけるのです。