Monday, October 15, 2012

エサウの失敗

「 そこでヤコブはパンとレンズ豆のあつものとをエサウに与えたので、彼は飲み食いして、立ち去った。このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた。」創世記25章34節
 
 私たちのキリスト者生活が主の喜ばれる幸いなものになるために、まず二重人格者であることは止めましょう。今はクリスチャン、今は世の人といったように、T.P.O.で都合よく立場を変える事はしないということです。何時でも何処でもどんな状態であっても、また誰に対しても、キリスト者でいることです。言い換えれば、本音と建前を使い分けない、常に主の前を歩む同じ人で在り続けるということです。
 その上で、主のお言葉を第一にした生活の仕方をして、即ち主との平和が確立されている生き方をモットウにした生き方がなされている事こそ、私たちの喜びであり、楽しみでもあるはずなのです。「もし死人がよみがえらないのなら、「わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ。」(Iコリント15:32)私たちの信仰は、神さまがキリスト・イエスさまを死人の中からよみがえらせて下さることを信じているのですから、天国の祝福に希望を抱いて、旅人としてのこの世の生涯を全うしてまいりましょう。天国での幸いな生活を希望する者は、この地上でも、それにふさわしい生き方がなされていくはずです。「兄弟たちよ。わたしたちは、いつもあなたがたのことを神に感謝せずにはおられない。・・・それは、あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがたひとりびとりの愛が、お互の間に増し加わっているからである。」(IIテサ1:3)