Tuesday, November 20, 2012

僕のように

「同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしたちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい。」ルカによる福音書17章10節
 
 イエスさまが、十字架にかかられる前に愛する弟子たちと食事をされた時、食事の前に、弟子たちの足を手づからお洗い下さいました。そしてあなた方もこのように行い、人々に仕える者になりなさいと言われ、仕える者の心を学ぶように示されました。イエスさまは神さまの独り子であるがゆえに、いっそう従順な者としてご生涯を歩まれたといって、過言ではないと思います。そしてそれは、父なる神さまが人々を愛されたように、子なるイエスさまも、私たちを愛されたゆえの振る舞いであられたのです。福音書に「かしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。」(マタイ20:27)と人の上に立つものが常に従う者の訓練を受けるべきことを教えてくださいます。ルカ福音書では、一日中畑で労した僕が帰宅するや、主人に、食事を準備するようにと指示を受けたことが記されています。時間的にも肉体的にも余裕のない状態での指示は、とてもストレスを覚えることだと思われます。が、僕はそれを主人の期待するレベルまでに仕えて、それで、なすべき事をしたに過ぎないと自覚するものでなくてはならないのです。やがて主は、「わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。」(ヨハネ15:15)また『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』(マタイ25:21)と忠実な者にお語り下さいます。