Thursday, November 8, 2012

キリスト者の生き方

「うそ、偽りをわたしから遠ざけ、貧しくもなく、また富みもせず、ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。飽き足りて、あなたを知らないといい、「主とはだれか」と言うことのないため、また貧しくて盗みをし、わたしの神の名を汚すことのないためです。 」箴言30章8-9節
 
 箴言はソロモン王の手によるとされています。恐らく、その時代中、最も富める人、最も力のあった人、また、最も賢い人と思われたであったろうと想像します。彼は、その力に任せてありとあらゆる行いをしてみたというのです。しかしその結果は、「空の空、一切は空」であったというのです。何事も自由にすることが出来るとしても、そこに神さまが存在されない、人の業に、何ほどの喜びの意味が見いだされるのでしょう。箴言で、「うそ偽りから遠さかり」「貧しくもなく富もせず」「神さまが与えるなくてはならぬ糧」で養われ、生かされることこそ重要で意味があるのではないでしょうか。自身の富に飽き足りて、神を神と認めることが出来なくなった人、盗みを図って自分の神を悲しませる人は、哀れな存在と言わなくてはなりません。神さまと私が縦のつながりでしっかり結び合って生活できる人生がいかに安定した幸いなものであるかを、聖書はしっかり受け止めるようにと、私たちに勧めています。神さまが与えて下さる、なくてはならぬ食物とは何でしょうか。ヨハネ6章に「イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。」(35)と示して、イエスご自身を受け、その口から与えられる一言一言が人を生かすと教えます。