Sunday, December 2, 2012

実がいつまでも残るため

「それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。」ヨハネ15章16節
 
 福音記者マタイは28章の終わりに「それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」(19-20)というイエスの大命令を記し、弟子たちに生涯を懸けて実を結ぶべき事を書き残しました。これは言うまでもなく、私たちキリスト者が命がけで果たすべき大事業です。私達の代で完成できないならば、次の代、またその次の代にと引き継いで、しかし、限りのある期間に完成すべき課題なのです。
 天地を創造され、ご自分のかたちに似せて創造した人間にこれを委ねて、生かして用いるようにとお命じ下さった主なる神さまは、私たちキリスト者が、出かけて行き、種まきし実を結び、その実がいつまでも残るように働くことを求めています。そればかりでなく、その過程で、働き人である私たちが主の名によって求めるものは何でも主から与えられる経験を通して、そのことが主の御心にかなっていることを確認して「わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。」(へブル4:16)という勧めを喜んで実践する者になることを、主は愛する子供たちに求めておられることを実感したいものです。