Sunday, December 16, 2012

待望

「それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。」イザヤ7章14節
 全知全能の神さまがアブラハムに、「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。」(創世記12:2)と約束されてから今日までざっと4000年です。イスラエルの民が神の国民として約束の救い主を頂くのに2000年経っているのですが、約束成就の約700年前に示された預言がイザヤ書なのです。
これは時のアハズ王にとっては裁きの預言であり、主の民にとってはどんな時でも、神さまは「処女が身ごもり」「男の子が生まれる」その名を「インマヌエル」となずけいつまでも主の民と共におられる圧倒的に大きな希望の預言なのです。主の民の歴史を垣間見れば、いつでもそこに乗り越えられそうもない大きな困難が横たわっているのを見ますが、「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」(Iコリント10:13)とパウロを通して語る主は、「だから偶像礼拝を避けなさい」と命ぜられるのです。クリスマスの喜びは何といっても、祈りが応えられて、希望の星であるキリストが私たちといつまでも共にいて下さるということです。「インマヌエル」は「主我らと共にいます」という意味であり、その通りに今支えられているのです。