Monday, February 11, 2013

救いの確認

あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし‐あなたがたの救われたのは、恵みによるのである‐エペソ2:4-5
 ヨハネ福音書9章に、盲人の目が見えるように変えられた出来事が記録されています。人々の問いに「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」(V11)と応え、パリサイ人からの詰問には、目を開けてくれたのは預言者だと思う。罪人がどうしてそんなすばらしい証しを示すことができるのかと応え、ユダヤ人の再度の質問には、「あのかたが罪人であるかどうか、わたしは知りません。ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲であったが、今は見えるということです」(V25)特別な信仰心からの応答ではありません。この目が見えるように変えられた人の、自然な反応としての応答なのです。私たちの信仰による変化も、一人一人にとっては神さまの前に起きた奇跡だと表現することが出来るような素晴らしいものですが、神さまとの出会いや出来事は、ごく普通の日常の中で起こっている出来事なのです。何がすばらしいのかと言えば、神さまの前にまっすぐに向き合って、イエスさまをキリストと正しく評価する事なのです。
そのように評価できないままでいる事を滅びに至る道を下っていると表現されているのです。罪から自由にされたというのは、罪に左右されて滅びに至ることがなくなり、誘惑に負けないで、主の導きのままに進む者の姿なのです。