Wednesday, March 20, 2013

この世の者か神の者か

もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だから、この世はあなたがたを憎むのである。
                ヨハネ15章19節
 クリアカットクリスチャンという言葉を聞いてから久しい。
clearとは邪魔なものや汚濁がなく澄み切っているという意味ですから、そのようにいらないものを捨てることを意味しているのですが、クリスチャン生活も、クリアカットでありたいものです。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るため・・・」(V16)私たちクリスチャンは、神さまの愛の目的のために選ばれ、立てられたのです。「立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい。」(Iコリント10:12)
と併せて考えるならば、主にある生活がクリアカットであるべきであると教えられているのではないでしょうか。世との関係においては、ロマ13章で「すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。」とあり、主を第一にして権威に従うという順序がはっきり読み取れるのです。この世の者、この世界にあってはキリスト者は旅人(Iペテロ2:11)として歩む者として、はっきりさせて進んでいかなくてはならないのです。