Thursday, May 2, 2013

順境の日

「順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。神は人に将来どういう事があるかを、知らせないために、彼とこれとを等しく造られたのである。」伝道の書7章14節 
 「あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの、・・・ 恐れるな、わたしはあなたと共におる。」(イザヤ43:4-5)と人を創造され、人を愛し導き続けられた主は、人の存在に対して、単に創造者というだけでなく、親の気持ち、友の気持ちをさえお持ちになって私たちに接して下さっておられるのです。そのフィーリングを預言という形にして、イザヤやエレミヤを通して現代の私たちにまで、届けて下さる1という遠大な計画をお持ちなのです。神さまが愛してやまない独り子さえも十字架に投げ出す程に、私たちは愛され見守られ支えられているのです。にも拘わらす、やんちゃ坊主のように、好き勝手な振る舞いで、今日も主を困らせ嘆かせてしまっているのが私たちではないでしょうか。伝道の書は、イスラエル王ソロモン王の言葉で、その全生涯を通し、持てるあらゆる富と力、そして時間を費やして、「なんでもわたしの目の好むものは遠慮せず、わたしの心の喜ぶものは拒まなかった。わたしの心がわたしのすべての労苦によって、快楽を得たからである。」(2:10)と言います。その結果、「空の空いっさいは空」であったと言うのです。そして、「順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。」と言われ、その結語として、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。」(12:1)「、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。」(V13)と、主が結論されるのです。