Saturday, May 25, 2013

クリスチャンの務め

「預言者たちもみな、イエスを信じる者はことごとく、その名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」      使徒行伝10章431節 
 私達キリスト者の共通点は、「イエスは私のキリストです」という告白をもっているということです。そしてその告白通りに語り、行動する毎日を過ごしているという、証しをもっているのです。キリスト者にとって、これが特別ではなくて、普段の生活なのです。クリスチャンになるということは、キリストの十字架と復活という特別な救いという奇跡の体験者となったということです。私たち自身にとって特別なことですが、人を愛しその幸せのために十字架の上の死をも忍んで、私たちに対する愛をお示し下さった神さまの目から見れば、至極当然の事であり、その目的の為に、独り子イエスをこの世にお送りくださったのです。神さまの救いの業は、私たちの慰めとなり、不安や不信や罪の誘惑から、安心、安全、喜びへとその人生を変えられた大きな奇跡なのです。列王記上19:18、ローマ11:4に
「バアルにひざをかがめなかった七千人を、わたしのために残しておいた」とお示し下さる主は、私達証人に、「出ていって全ての国民を弟子としなさい」マタイ28:20と命ぜられるのです。これは神さまの大命令ということが出来るお言葉で、すべての人々に福音を語り伝えなさいというのです。「あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、 造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。」(コロサイ3:9-10)とパウロもキリストにある立場を確認。